特集

編集部パワープッシュ
~関根優那(Cheeky Parade)×樋口P 編~

avexアイドル専門レーベル「iDOL Street」には、「SUPER☆GiRLS」「Cheeky Parade」「GEM」「わーすた」の4組のグループが所属しています。その総括プロデューサーとして、各グループのコンセプトなどを決めてまとめているのが樋口竜雄氏です。

今回、TOKYO IDOL編集部では、各グループの代表者と樋口プロデューサーとの対談を実施。これまでのグループの活動を振り返りながら、今後の目標などについて話をしてもらいました。

その第3回目は、Cheeky Paradeのリーダー関根優那と樋口プロデューサーの対談となります。Cheeky Paradeは、avexがアイドルグループの結成を目的として、2010年に初めて開催したオーディション『avex アイドルオーディション 2010』のファイナリストや3次審査進出者が主に集まったグループ。SUPER☆GiRLSに届かなかったメンバーがストリート生として活動を続け、2012年2月19日、『iDOL Street ストリート生 LIVE2012~Next Street~』にて結成が発表されました。結成4周年を迎えるグループですが、これまでの道のりでは険しいものもあったのだとか。4年間の活動を振り返りながら、5年目の目標、そして山本真凜、鈴木真梨耶の留学についてなど、じっくりと話を聞かせてもらいました。


Interview・Text/荒井敏郎(TOKYO IDOL NET) / Photo:西村一光(TOKYO IDOL NET)

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本連載もとうとう第3弾グループとなりました。まずは今回も、グループの成り立ちからお話していただければと思います。

樋口竜雄プロデューサー(以下、樋口P):グループの、というか関根優那としては『avex アイドルオーディション 2010』のファイナリストとしての活動が最初だよね。

関根優那(以下、関根):懐かしい! ……もう6年前です。当時は高校1年生でした。

樋口:それまでオーディションは受けたことあったんだっけ?

関根:あったんですけど、最終まで残ったのはあのときが初めてでした。事務所も入ってなかったので、このオーディションがきっかけで夢が広がった感じです。

樋口:そのときはスパガ(SUPER☆GiRLS)には選ばれなくて、その後にアカデミーに通うレッスン生になるわけだよね。

関根:そうですね。オーディションが終わった直後にお話をもらった、すぐに「受けさせていただきます!」っていう返事をしました。落選したかと思いきや拾ってもらえて、1日の中で落差があったのは覚えてますね(笑)。
会場の落選組の空気がすごかったんですよ。「呼ばれなかったらうしろにはけてください」って言われていて、私の前にいたのが(鈴木)友梨耶だったんですけど、落ちてはけていくときに過呼吸になるんじゃないかってくらい泣きながら中野サンプラザの廊下を歩いていて……。そういう落ちたときの独特の空気っていうのもありつつ、合宿で一緒に頑張ってきた仲間というか同志が選ばれたのはうれしかったりもして、でもやっぱり自分としては悔しいし……みたいな、味わったことのない感覚でした。

樋口:そうだね。グループに分かれて最終審査をしていたんですけど、発表が終わったあとに楽屋に行ったら全員集まってて、それぞれのグループの歌とダンスの先生たちに、選ばれた子と選ばれなかった子が一緒に寄せ書きを書いたりとかしていて……。それがもう高校野球みたいな感じで、すごく泣ける空気になっていました。

関根:私達のグループは5人受かって3人落ちたんですけど、ほかのグループと比べて受かった人が多かったので……すごかったです空気が。そのあと、落選組が楽屋で待っていて、そこに今のスパガさんになる受かった組が入ってきて、そこで樋口さんがお話をするっていう場面があったんですよ。で、オーディション中の写真をもらって、一人一人言葉をもらってまた泣いて、みたいな……。

樋口:よく頑張ったねっていうのと、ほかの事務所に行かないでうちでレッスン生として頑張ってみないか? っていうのを15人くらいに声掛けしました。それこそ(渡辺)亜紗美とか(溝呂木)世蘭とか、ファイナルに進めなかった子たちもそこには入っています。そしてレッスン生をストリート生としてお披露目したのが、その1年後の品川ステラボールかな? いわゆる伝説のオレンジポロシャツの最初の回ですね。

関根:ストリート生が15人になる前にも、1回審査会みたいなものがありましたよね。ストリート生になってからも、そこで成績みたいなものがあって、「S」とか「A」とか……。

樋口:あー、あったねぇ。通知表みたいのがあったんですよ。

関根:この間それを初めて見せてもらったんですよね。

樋口:ブログの内容とか、ファンへの対応とか、いろんなパラメータを、ダンスの先生とかボーカルの先生とかにもつけてもらって、「こういうところは直しましょう」みたいにして……。スト生の中でも「S」とか「A」みたいなランクがついてましたね。

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そのランクが今のチキパ(Cheeky Parade)に繋がるんですね。

樋口:そうですね。6月にオレンジポロシャツで登場してから夏にいろいろ頑張って、夏のスキルチェック面談もやったところで(永井)日菜だけランク上昇があって。「A」→「S」になったんですよね。なんかそういう階段を上がっていくのが、メジャーへの一歩につながっていて、ちゃんと成長したよねっていうのが、一人の評価じゃなくて、いろんな人の評価で作られていたわけです。スパガが『女子力←パラダイス』リリース時期で新宿BLAZEの公演を満員にしたときに、裏でその評価の話をしたんだよね、確か。

関根:オープニングアクトとして出演させていただいてましたね。

樋口:そうそう。それで、そこにちらっと客席に来ていたのが坂元(葉月)、石神澪、小鷹狩(百花)で、その3人がいわゆる2.5期の、あとからスト生に追加された子たちなんですけど、ファンの方たちの中では「なんだあの子たち!」って話題になってました。

関根:なってましたねー。すごく早かった(笑)。

樋口:で、その2011年の秋くらいに第2弾グループ=チキパの構想がある程度固まってきて、翌年にメンバーの発表があったんだよね。

関根:会議室に18人呼ばれて、「メンバーは9人です」って言われて、シルエットが9名ぶん出てきて一人ずつ発表されていくという……。怖かったです本当に!

樋口:(関根は)結構最初のほうに呼ばれてたっけ?

関根:はい。3番目くらいでした。初ステージは、2012年2月19日のストリート生の単独公演のときで、それがチキパの結成日です。

樋口:4年経つんだね。

関根:早いー。

樋口:その発表のときも、選ばれた子と選ばれなかった子が同じステージをやらなきゃいけなかったんだよね。お客さんはその公演の後半で発表を知るんだけど、実際メンバー同士はもう結果はわかってる中で公演をするから、すごい空気だった。

関根:すごい空気でしたね……。最後にお披露目する『Cheeky dreamer』はリハーサルでやっていたので、その光景とか今でも覚えてますね。

そのときの気持ちも複雑そうですよね。

関根:当時はデビューが決まってたわけじゃなかったので、そこで選ばれたのはうれしかったんですけど、素直によろこべないというか。選ばれなかった子ともずっと一緒にやってきていたし、その子たちに「頑張ってない」って思われちゃいけないし、落ちた9人のぶんもより一層頑張らなきゃいけないんだろうなっていうのはありましたね。
最初、汐留AXでたくさんライブをさせてもらってたんですけど、そのときの持ち曲が4曲しかなかったんですよね。あとはストリート生でやってた曲しかないから時間も持たないですし、まず体力がなかった(笑)! ストリート生の曲とか今だったら余裕なんですけど、当時は1曲やったらもうヘロヘロでしたね。あとは、まだ無名中の無名だったので、売り込んでいく気持ちだったり、先輩に囲まれての緊張感だったりもあって、とにかく全力でした。とりあえず全力でやってるけど、それで合ってるのかわからないままにやってるという感じ。無我夢中で活動するってこういうことなのか、と思いながらやってましたね。

チキパさんは、無我夢中とかガムシャラとか雑草魂っていう感じがずっとありますよね。

関根:そういうのがあったから今もやれてるんだと思います。一つ一つの課題を与えられたときには「無理だろ!」って毎回思うんですけど、それでも全力でやって着実にチケットが売れてったりっていう状況があって、「これは頑張ったらいけるかもしれないぞ」っていうのを肌で感じていけた夏でした。今でも夏になると、あのときのことを思い出して「頑張ろう」って話すくらいなので、やって良かったなって思います。

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樋口:デビューまでに試練が与えられたんだけど、最初は『Cheeky dreamer』を5000枚売り切るってことだっけ?

関根:5000枚も無理な話だろ! って思いました(笑)。グループを知ってる人なんてほとんどいない中だったので……。

樋口:だから、出れるイベントは全部出るという感じだったよね。TIF(TOKYO IDOL FESTIVAL)も1日で3ステージやらせてもらって、関根さん倒れてたもんね(笑)。

関根:曲が休めないんですよ。一息つける時間が全然なくて、息ができなかったというか……。今は慣れてますけど、ほかのグループさんの曲をステージでやらせていただいたときとかに、「やっぱりチキパの曲って疲れるんだ」ってあらためて思ったりしますね。

樋口:そういうのを経て、ワンマンやれる体力とかがついたわけだよね。この前の90分ノンストップライブとかさ。

関根:90分って聞いたときは、倒れるんじゃないかと思いました。

曲間もすべてアレンジでつないで、90分音がずっと途切れずに流れていましたからね。

関根:ユニット曲とかもなく、90分全員で出て(笑)。それをウリにしようってやってましたね。

樋口:やっぱりオーディションで選ばれなかったっていうのが根底のエネルギーになってた子たちだから、それをストーリーにしたほうがいいなっていうのが先にありました。ストリート生っていうのは3期生が入ってきて全国5地区になってからシステム的に確立していくんですけど、最初は東京と大阪の、イーストとウエストの二つしかなかったので、2期生はどちらかというとチキパになってからのストーリーのほうに重点を置いていたんですよね。それでCDを5000枚売り切るっていうのと、新宿BLAZEのワンマン800キャパを埋めるっていう二つの課題を与えてファンにデビューさせてもらうっていうかたちにしたんですけど、元々の計画では本当は3段階あって、曲をインディーズで出してランキング全部1位にするって案もあったんです。

関根:おー(笑)。

樋口:でも、僕も知らなかったのですが、ルールのようなものがあって、「iDOL Street」ってレコード流通の認定されている“メジャーレーベル“として登録されていてインディーズではCDを出せないということがわかって。それでまあ、インディーズ3連発という作戦は諦めて、デビュー前のイベント会場限定の手売りシングル「Cheeky dreamer」5000枚完売目標ってかたちにしたんだけど、あの年は僕もすごく会社の仕組みとか、ルールを学んだ年でしたね(笑)。

関根:アイストの中で、オーディション落選組で結成されたのってチキパだけなんですよ。GEMとか3期生はオーディションに受かって入ってきてるんですけど、私たちは落ちて入ってきているので……。そう考えるとやっぱり、自分たちだけ違うって感覚はずっとあったし、スパガさんになれなかったっていうのも前提にあって、特にそれは私とゆり(鈴木友梨耶)にはすごくあるので、負けてられないなっていう思いはあります。

樋口:そういう生い立ちだからこそのチームワークはありそうだよね。それがあったからメジャーデビューをして、HMV大宮ロフトで毎週イベントをやらせてもらってたあの辺の時期はアツかった。どんぐらいの熱量だったんだろうね。

関根:デビューをしてリリースイベント、っていう流れが全然わかってなかったので、新鮮というかうれしい気持ちでしたね。CDがお店に並ぶとか、ミュージックビデオ撮影とか、大宮の店内で『BUNBUN NINE9’』が流れてたりとか、一つ一つがうれしかったですし、チキパのコーナーを作っていただいていたのもうれしかったですね。あとは無料のイベントだったので、興味本位で来てくれる方も多くて、最初は少なかったんですけど人がどんどんどんどん増えていって、真冬の会場なのにもう真夏かってくらい暑くなってて、そんな中でやれていたことでこれからへの期待があったりして、うれしさに満ち溢れていた時期でしたね。

樋口:確かにホームグラウンドみたいな感じだった。毎週やっていると見慣れた景色になってくるんだけど、だんだんお客さんが増えていくのもわかるし、勢いあったよね。

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TOKYO IDOL NET

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ライブレポートやポートレートを中心に、写真とアイドルをコンセプトに展開するウェブサイト。掲載している写真にはExif情報があり、シャッター速度やISO感度などを確認できるといった特徴がある。ウェブサイトの運営のほか、ジャケット写真の撮影やイベント用写真の撮影、ほかメディアへの写真の提供など、写真を中心にさまざまな活動を行っている。