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水野しず インタビュー (前編)
ミスiDを獲得した人の心を喰らう"鬼"

取材を終えても「水野しず」をうまく表すことのできる言い回しが見つからない。絵や文章などを通じて、ネットと現実の両方の世界に放出される彼女のエネルギーは、常人が理解するにはあまりに情報量が多く、人は「狂気のアイドル」「アーティスト」「サブカルヒロイン」などの単語で必死に理解の範疇へ収めようとする。が、そのどれもが彼女を的確に表す単語とは言えないだろう。「肩書きの必要のない強い存在」を目指す彼女の話からは、実に人間らしい、濃厚な匂いが立ち上がってくる。

Interview & Edit : 奥村健太郎、中川義和 / Photo : 谷浦龍一



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まず、自己紹介からお願いします。何も知らない人に「水野しず」はどのように説明すればいいのでしょうか?

水野しず:岐阜県多治見市というタイルが名産の街に生まれました。途中で多治見市が嫌になって、中高は名古屋の一貫の女子校に通っていましたが、そこも嫌になって、どうしても東京にいきたいと思ったので、武蔵野美術大学の映像科に入ってアニメーションを作ったり演劇をやっていました。が、そこも途中で辞めました。

大学を辞めた一番大きな理由は?

水野しず:美大という枠の中でアートをやるのが本当に苦しかったし、大学が嫌いで嫌いでしょうがなくてやめました。私にとって大学は東京に行く口実でしかなかったんです。辞めたおかげで「自分で生きていくぞ」と思えたのでよかったですね。辞める前は自分の半分が親に所有されている感じや意識があって、就職はしないかもしれないけど、どこまで自分で勝手に生きていいのだろうと思っていたので。

幼少期の頃は?

水野しず:周囲の人間にはよく無視されてました。今考えるとしょうがないと思うんですが、私の存在の認識の仕方が分からなかったんだと思います。どう対処したらいいのか分かないから黙るしかない、という。だから無視されないところに、多様性を認めてくれる場所に行きたい、とずっと思ってきました。名古屋も多様性の意味では不十分だった。だからもう、東京に行くしか無いなって。あの頃は自分が自分でいられる方法を探していましたね。ただ、全うに働く気もなかった。そんなことをしても生きていけないと分かりきっていたから。

女子校も、縛りの強そうな場所ですよね。

水野しず:そうですね。6年間も異性のいない女子校に居ると、やっぱりおかしくなるみたいなんですよ。高校生の時、ポエムちゃんって子にトイレに呼ばれて「しずちゃん、どうしても見せたいものがあるんだけど」って制服の胸元から大きなロザリオを出して「これ、大事な人にもらったんだよね」って言い捨てて、どこかに行ってしまったんです。

ポ、ポエムちゃん……。

水野しず:そういうことがよく起こっていました。彼女たちは今の生活に満足していなくて、鬱屈しているから吐口を求めてもがいていて、自分なりに出口を作ろうとしていた。だから私はポエムちゃんのことを「変な人」というよりも努力家だなと思ったんです。必死に突破口を見出そうとしていたから。私にとっての突破口は東京にあるんじゃないかなと思って、上京してきました。実際住んでみて、東京って生きやすい街だなぁと思います。

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水野しず

水野しず

違和感を燃料に燃え上がる夢のエンターテイメント施設。

自身がままならない不条理な世の中に対して違和感を抱え続ける様を漫画やイラストで表現。菩薩として鬼として現世の混迷を照らすアイコン。イラスト、漫画、モデルなどジャンルの枠に囚われず活動。長所、正直。短所、正直。

WEB SITE:http://mizuno-shizu.jimdo.com/