特集

MMMatsumoto「アイドルを探せ!」
~#7 小林晏夕(東京パフォーマンスドール)~

「アイドルを探せ!」7回目、明けましておめでとうございます(もう2月/泣)。今年最初のコラムは、東京パフォーマンスドール(以下 TPD)の小林晏夕さんです。
TPDと言えばプロジェクションマッピングやレーザーとダンス・歌、そして衣装等がマッチングしたノンストップライヴで有名。アイドル/ガールズグループの枠すら越えてトータルアートな雰囲気すら感じさせるそのステージにおいて、彼女達TPDは、その演目を実現するための、まさにパフォーマンスドールという、ちょっと特殊な側面がある。その異様なまでのステージ完成度の高さは、観る者誰もを驚かすこと間違い無し。だから、彼女達はストイックなまでに鍛え上げる、歌やダンスを。ステージを観る限りでは、ガールズグループと言うよりも、むしろ宝塚等に近いと言えるかも。
TPDはもともと1990年代に大人気を博し、篠原涼子らをタレントとしても輩出したグループ。その2010年代版が現在のTPDなわけだけれども、よりサイバーなイメージが強い。そこには彼女達自身のフレッシュさも大きく貢献しているはず。今回は、そうしたTPDの成り立ちゆえに、あまりスポットが当てられてこなかった“個”の部分、人間性の部分を掘り下げます。
そのターゲットは小林晏夕さん。ダンスが得意なメンバーの中でも、特に表現力豊かな一人。17歳とは思えない大胆な動きで、とっても魅力的だ。小学生の頃からモデルとしても活躍していた人。その晏夕さんとは、どんな人なのか。面白エピソード込みで、もちろんTPDの事も含めて、たっぷりとお届けします。

Photo・Text・Interview:MMMatsumoto

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<intro……17歳>

——去年11月で17歳! 何か感慨はありましたか?

何もありませんでした(笑)。私の誕生月11月は、3日にライヴがあって、実際の誕生日の1週間前だったんですね。それで3日にたくさんファンの方にお祝いしてもらったので、誕生日当日は「あ、そういえば今日誕生日だったんだ」という感じでした(笑)。

——どうですか? 生誕祭を開いてもらった感想というのは。

その日は『ネイキッドSP』というライヴで1部、2部あったんですね。1部で何も起こらなかったので、「まあ、誕生日じゃないし、今日は違うんだな」と思って。なので、ユニット曲の私のソロ曲で紫色に会場が染まった時は、すっごいビックリしました。

——サイリウムの海は綺麗だったでしょ。

すごい綺麗でしたね。その時の曲が私のソロ曲“月に吠える”だったんです。最初、目を閉じてはじまるんですけど、その時にチラッと見えたんですよ紫色が。だけど、まあ、私のファンの方なのかなって思ってたら、ぶわーってなって、すっごい嬉しかったです。海をイメージして歌ってたので、「これこそ海だな」と思いました(笑)。

<ほぼ未公開な晏夕さんの基礎データ>

——では、最初に好きな物を幾つかお聞きしていきますね。今、花の話が出たから、好きな花から。

ハイビスカスです。カワイイじゃないですか(笑)。あとなんかオシャレ、響きが。私、夏が大好きなんです。以前は、夏になるといつも家族3人でキャンプとか行ってたんですね。それで毎年毎年、シュノーケリングとかやって。それで夏というとハイビスカスのイメージがあって好きなんです。

——じゃあ、好きな季節は夏。

季節は秋です(笑)。ファッションが好きなので、秋が一番オシャレしやすいというか。暑くもないし寒くもない。キンモクセイの香りがすごく好きなので秋なんです。

——じゃあ、キンモクセイの香りが漂ってる中を秋冬の洋服を着て。

外に出たら最高です。それ以上のことはないです(笑)。

——アハハハ。じゃあ、好きな色。

好きな色は紫です。

——自分のカラーそのままなんですね。

そうなんですよ。もともとTPDはメンバーカラーがなくて、『DREAMIN’』という曲のDREAMIN’カラーと言って、その色に合った衣装でやってたんですけど、私はやっぱり紫っていうイメージが強いらしくて、ファンの方からも衣装さんからもよく言われます。私も小さい頃から「紫が好き」と言い続けてきたので、やっぱり紫が一番自分に合ってるのかなって思います。

——ちなみに、紫の次に好きな色って何色ですか?

う〜ん、白です。

——紫と白。綺麗な組み合わせの色ですよね。では、好きな食べ物。

私、嫌いな食べ物がなくて何でも食べられるんですよ。その中でも、まずお寿司。お寿司と、家族で食べるお鍋。と、フルーツが好きです。あと大学芋が好きです(笑)。

——(笑)。フルーツは何が特に好きなんですか?

う〜ん、やっぱりイチゴですね。

——鍋には、「家族と食べる」付きですが。

鍋は一人だと寂しすぎるので(笑)。やっぱり、みんなで囲んで食べると美味しさが増すかなって。

——TPDメンバー達と鍋会をやったりは?

食べには行きますね。TPDは本当に食いしん坊なんですよ! もうメチャクチャ食べます(笑)。でも9人だと結構一つのテーブルに座れないので、4人と5人に分かれるんですけど、その4人のメンバーも決まってて、私はリーダー(高嶋菜七)と神宮沙紀と浜崎香帆の4人で食べることが多いんですね。その4人でLINEのグループも勝手に作ってるんです(笑)。それで「食べ物大好き!」みたいな活動もしていて、私がリーダーです(笑)。

——おぉ(笑)。ここのお店美味しいとか、そういう情報を流したり?

そう。でも最近はあまり活動してなくて。一緒にご飯行けてないです。

——そう言えば、甘い物の話が出てこないですね。

甘い物好きです。私すごい甘党なんですよ。結構メンバーの中には「甘すぎて頭痛い」と言う子もいるんですけど、私は痛くなったことないので。

——太らない質なんだ。

いや、見た目には出ない。結構胃に入って、中身で太っていく。

——よく分んないです(笑)。

(笑)。胃が太っていく。

——と言うか、TPDは運動量が多過ぎるから、食べないと持たないでしょ。

でも、ライヴ前は私、何も食べない派ですね。TPDはお腹出てる衣装も多いので。しかもノンストップで今から90分間やるとなると、朝から何も食べずにライヴしてます。

——ボクシングの選手みたいですね。水しか飲まないみたいな(笑)。では次に……好きな科目。得意な科目。

え〜無いです(笑)。

——逆に何が苦手なんですか?(笑)

もう全部ですね。私、勉強が苦手なんです。だからファンの方からも最近すっごい茶化されるんですよ。

——それでも敢えて好きな科目を言うとすると?

体育。

——そうそう、ダンスの事も後で聞きますね。あとね、好きな数字。

やっぱ1ですね。

——堂々としてますね。“やっぱ1等賞じゃないと”派ですね。

そうですね。No.1っていうか、やっぱ何事にも私すごい負けず嫌いなので。頑固なんですよ。自分が「これ」って言ったものには他の人の意見が何だろうと、もうそのものしか見えなくなっちゃうんです。なので、やっぱ1番ですね。何事も1番取りたいなって。

——では、好きな男性のタイプ。

う〜ん(笑)、努力家な人。だけど、人にはすごい優しくて、でも自分には厳しい、ちゃんと自分の芯を持ってるストイックな人がいいです。

——努力してるんだけど、それを見せない人かな。

見せない人ですね。陰で自分の芯を持って頑張ってる人がいいです。

——ハードル上げますね。好きな男性の仕草。

仕草?(笑)え〜、何だろうな……でも、スポーツとかやっちゃって汗かいて、Tシャツをまくり上げて、ちょっとお腹チラッて見えるみたいな。

——では更に高度な質問です。初恋の思い出。

幼稚園の時に、親同士も仲良くて、その男の子がなんか私のことを好きって言ってたんです。で、ちょっと気になっちゃうじゃないですか(笑)。それで、遠足だったか遊園地みたいな所に行ったんですよ。芝生でその子と一緒に遊んでたら、「ねえ、ちょっと見てて」って言って、その子がアリを捕まえて食べたんですよ。アリを食べたんですよ! その子が。今なら「えっ!?」てなるけど、その頃は分かんないから「えっ、美味しいの?」って聞いて、「ちょっと食べてみようかな」って言って、その子と一緒にアリを食べたんです(笑)。

——え!? 食べたの?(笑)。すごい初恋の思い出だ。アリ、酸っぱかったでしょ?

ヤバかったですね。味はあんまり覚えてないけど(笑)。「あ、アリだ」みたいな(笑)。だから何でも食べれるようになったんですね(笑)。

——(爆笑)。じゃあ、今日最高難易度の質問です。もしも告白をするとしたら、どんなシチュエーションで、どう気持ちを伝えますか?

え〜……。

——季節は秋ですか?(笑)

夏です。一緒にドライブしながら夜の海に行って。

——なんか絵に描いたようなシチュエーションだな(笑)。

ありきたりしか分かんない(笑)。夜の海に着いて、う〜ん……自分から言いたくないから分かんない!(笑)。

——あ、自分からは言わないタイプ?

はい。言われたいですね。一言、『好き』とかでいいです。

——ストレートに。当然、手紙とかメールとかじゃなくて。

手紙だとちょっと気になっちゃいます。メールだと、きっと直接言ってよってなっちゃう。でも私、ファンの人からのお手紙とかもらうじゃないですか。いつもそういう想像して読んでます(笑)。

——実際、疑似ラブレターですよね。逆に好きな女性のタイプを聞きたいです。

私、桐谷美玲さんが一番好きなんです。スタイル・容姿もすごいなって思うんですけど、ちゃんと個性があって、自分の道を行ってるところが。女優もやられてモデルもニュースキャスターもされていて。なので、いろんな事を自分のものにしてる人を尊敬します。

——カワイイよりも尊敬?

はい、尊敬とか憧れの方が多いですね。

——憧れは自分のなりたい未来像、女性像ですよね。だから、桐谷美玲さんの、カワイイけどスッとしたあの感じを、晏夕さんは好きなのかなって思います。

私自身、もちろんカワイイと言われるなら、それも嬉しいんですけど、カワイイよりかキリッとしてるとかカッコイイって言われた方が嬉しいので、やっぱり美玲さんのそういうところに惹かれてるのかなと思います。

——では、自分が誤解されてるなって思う時は?

私達TPDは結成当時から『1×0』という舞台をやってたんですが、その舞台役で私だけすごい気が強くて「本当はリーダーになりたかったのに」ってネチネチしてる感じの役だったんですね。でも、裏ではみんなのことを考えてるっていう役だったんですけど、その『1×0』のDVDとか、当時舞台を観ていた人とかに「今も役のイメージが強い」と言われるんですよ。アーティスト写真も結構「私、強そう」みたいな。でも、「会って話してみると全然そんなことないね」「普通の高校生だね」って言われるんですけど、もうその舞台のイメージとか写真のイメージで、「この子絶対無理なタイプだわ」って思われるのがすっごい嫌なんです。「そんなことないのに!」ってメッチャ思います。

——では、今までの設問を踏まえて、自分の性格を一言にすると?

う〜ん……頑固。頑固な一面というか、自分にも他人にも負けたくないっていう思いはありますね。でも、自分の悩みは人に相談したくないタイプなんですよ。なので、自分一人で結構抱え込むじゃないけど、一人でまずはすっごい考えて、本当にどうしようもなくて辛くなったら親に言います。好きなことには集中出来るので、TPDのお仕事とかすっごい好きだから熱中出来ます。

——ちなみにTPDに入ってから親に相談しなきゃならないような悩みはありましたか?

私、上京してからほぼ毎晩母親と電話してるんです(笑)。だから、小さな事から話しているので消化していますね。TPDは、悩んでる暇なんてないのが正直なところなので、そんなに考えたことはないです。

——ちなみに、お母さんは晏夕さんのことをなんて呼んでるんですか?

あんちゃん(笑)。というか親と思ってない(笑)。友達親子みたいな関係でいようね、みたいな感じですね。

——頑固とのことですが、違う自分になってみたいと思ったことはありますか?

う〜ん……今のところないです。小さい頃からずっとモデルになりたくて。小学生の頃も結構やってたんですけど、中2でこのTPDになるきっかけのオーディションを受けて、中3でTPDになったという流れなんです。そのオーディションもたまたま見かけたものだったので、すごい流れだなと思って。なので、今やっぱり頑張らなきゃいけない事が目の前にあるので、投げ出したくないなっていうのはあります。

——では、最後の設問です。人生の一番最初の記憶って何ですか?

その頃マンションに住んでいたんですけど、窓からすっごい夕焼けが綺麗に見えるんですよ。その時に、ピンクに染まってる夕焼けで、その「ピンクに染まった夕焼け空のことの意味なんだよ、“晏夕”っていう名前は」ってお父さんに言われたのが、すごい記憶に残ってます。多分それが最初の記憶です。

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<TPD以前>

——小ちゃい頃どんな子だったんですか?

おしゃまな子だったらしいです。幼稚園行く時も、例えば髪型とか別に何でもいいじゃないですか。なのに、母に「これ嫌だから結び直して」みたいな。それで1時間ぐらいかかって(笑)、怒られながら幼稚園へ行ってたらしいです。それで、すごい人見知りで、休み時間も一人でお絵描きとかやってる子でしたね。

——集団行動は得意ではない?

そうかもしれないです。買い物も一人で行きたいんですよ。一人でいる時間がなきゃ絶対嫌なタイプなので。だからTPDに入る時も、集団行動が出来るかが心配でした(笑)。

——オシャレ好きのルーツは何だと思いますか?

母だと思います。母もオシャレが好きで、私も小さい頃から『ViVi』とか読んじゃうような子でしたから。お母さんの口紅とかバーッて塗ったりとか、自分で前髪も切っちゃたことがあって、もう“オン眉”みたいになっちゃったり。母に着せられてた感があったとは言え、ヒステリックミニをずっと着てたんですけど、そこから洋服ってカワイイなって多分思い始めた気がします。

——いつ頃のことですか?

幼稚園の頃です。サイズも全然大きいのに母の服とか靴を履いて、外に出る時もすっごい荷物をいっぱい持って行ってました。

——髪も小ちゃい頃から?

そうですね。私、小さい頃、海とか行ってたからすっごい色が黒くて。顔も眉も濃かったので、「ハーフ? 外国の女の子みたい」ってすごい言われて。TPDに入ってからはずっとこのロングヘアーをキープしてるんですけど、小学生の頃はお仕事とかで髪の毛を染めてたこともありました。

——ネットに上がってるモデル時代の写真を見ると、確かにキッズ独特の爆発の仕方をしてますよね(笑)。いつ頃からモデル活動を?

小学5年生の時に初めて載りましたね。自分の希望でオーディションを受けたのがきっかけで。『ニコ☆プチ』にブランドのオーディションがあって、『ちょっと受けてみよう』と思ったんです。結果落ちたんですけど(笑)。でも書類で一次は受かってたからリベンジでその雑誌の方のオーディションを受けて、そこからぶわーって出させてもらってました。

——モデルの世界に入った時の印象はどうでしたか?

『ニコ☆プチ』には専属モデルとその下に読モがあって、その中間にカリスマ読者モデルというのがあったんです。その枠は“日本で一番オシャレな小学生”という枠だったんですけど、その8人の枠にいました。結構みんながカリ読になって更に頑張って専属になろう! みたいな感じだったので、その8人で1週間コーディネートの着回しとかやったりして。でもやっぱりどの子が一番大きく載るとか、「この子はこういう服着るんだ」とか気になりますよね。でも私は人のマネが嫌いだったから、「この子はこういう感じだから私はこっちでいこう」と決めてました。

——競争心、高まってますね(笑)。

そう! 競争心が小学生なのにすごくて。多分今よりすごかったですね(笑)。

——でもその頃に今、エビ中とか乙女新党とかPrizmmy☆で活躍してる子達がいたという……。

そうなんですよ。一緒の本に出てたり、一緒にモデルをやったりしてました。でも中学の間は、その子達に全然会ってなかったんです。次に会ったら自分はTPDとして挨拶してたっていうのが、すごいおもしろい光景でした。向こうも「あっ」みたいな。

——以前、取材した時、ぁぃぁぃが言ってました。「気が付いたら晏夕ちゃんがTPDになってた」って。

ぁぃぁぃとは、私ずっとブランドの専属広告モデルをしてた時、その初めての撮影で一緒だったんです。オーディションの時にぁぃぁぃがいて、もうあの声だから(笑)よく覚えていて。選ばれた時に「あ、あいかちゃんだ」って思って。でも、その撮影の時から高1の時に再会するまで会ってなかったので、すごい嬉しかったですね。

——巡り巡ってますね。あの時の世代の人達が、今こうして活動してるっていうのも不思議に思いませんか?

なんかみんなすごかったんだなみたいな(笑)。

——入り口はモデル。そこから段々変わってきたんですね?

中学に入ってからも雑誌のオーディションを受けてたんですけど、やっぱり「なんか違う」と思いつつ、受かんなかったりもして「もうダメかな」って思ってる時にTPDに繋がるオーディションがあったんです。だから最初は、モデルとしてだったんです。今は、歌って踊るのが一番自分に合ってるのかなって思ってます。小さい頃から親に「見てて! 見てて!」って言って、すごい音痴なのに歌ったり踊りして見せてたんですね。でも将来は、歌って踊れて女優も出来る、モデル! 超欲張りな夢です。

——アハハハ。ダンスはいつ頃からやってたんですか?

最初、4歳の頃からずっとクラシックバレエをやっていて、1回辞めたりもしながら中2まで続けてました。でも、入ってたバレエ団がすっごい怖くて。

——厳しかったんですね?

先生が本当に厳しくて。毎週土日はそのレッスンを受けるために東京に来て、平日は毎日地元でレッスンに通って、合宿もやったりしてたんです。その後バレエを辞める時に、友達が「ヒップホップをやりたい」と言うので見学について行ったら、「やっぱりダンス習いたいな」と思って、また別のダンススクールに通い始めました。

——そこでヒップホップダンスやジャズダンスを?

はい。でも、そのダンススクールはチームを組んでコンテストで優勝しまくっているスクールだったから、みんなチームに入れるようにダンスを頑張るんですよ。だけど私は、その頃もうモデルをやってたので、チームに入ったらモデル活動は出来ないし。ということで「チームに入る?」と誘われても、ずっと断りながらダンスを頑張ってたんですね。そのスクールもTPDのオーデションを受ける前に辞めちゃったんですけど、でも6年間習ったダンスとそれ以前のバレエが、今のTPDの活動にもつながってると思うんです。クラシックバレエは芯を作ってくれたと思うし、バレエをやってたからダンスにそれ程は困んなかったんですよ。

——基礎はバレエ。今でも全然踊れるでしょ?

踊れますね。

——TPDを見ていると、バレエ的な要素はあまり無いですが。

いくつかはコンテンポラリーダンスとかの先生にユニット曲を振り付けてもらってるんですが、後ろで見ててすごい「踊りたいな〜」って思ってますね(笑)。

——ちなみに、他に習い事をやってた人ですか?

すぐ辞めちゃったんですけどテニスと新体操を。

——やっぱり体育だ(笑)。

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<Love-Anyu>

——それで小学校5年生の時にLove-Anyuというブログがスタートするわけですよ。

すごい! なんで知ってるんですか?(笑)。

——それは、モデル活動の関連だったんですか?

最初は個人的なアメブロだったんです。地元が同じ子で、すっごい憧れてた子がいたんです。『ニコ☆プチ』に載ってたすごい綺麗でカワイイ子で。その子に憧れて『ニコ☆プチ』に出ると同時に始めたんです。そこからさっきのカリスマ読者モデル枠でオフィシャルブログになったんですね。“小学生ランキング”で争ってました(笑)。アクセス数もずっと3万位あって1位とか2位だったんですよ? そのブログを4年間ぐらい続けてたお陰で、同世代の子達から毎月何十通、何百通の返事も届いて。自分にとってそのブログはすごく大きかったなって思います。

——ブログのこともモデル活動でも学校内で有名だったでしょ。

そうですね。普通のみんな通う公立の小学校だったので私ぐらいでした。当然女の子達が雑誌を買うじゃないですか。「出てたね」とかそういう話をされるのが私イヤだったので。目立ちたくなかったんですよ。だからクラスでも結構静かな方だったんです。スイッチが切り替わるというか、雑誌に出る時のスイッチは「みんなに憧れられたい」なんですけど、学校だと「みんなそんな見ないで」だったんです。

——さすが紫好きですね(笑)。人気者だったでしょ。

いや、そうでもないです(笑)。自分がこうだからかな。「寄って来ないで」みたいな(笑)。すれ違う時に「あっ!」てなるじゃないですか。それも「見ないで」みたいな感じでした(笑)。当時すごい苦手だったんですよね。そういう感じで見られたりするのが。

——要するに、その時はこう、この時はこう、という尺度や準備? があるんですね。

ありますね。

——モデルやってた頃の切り替えと、今TPDをやってる時の切り替えは似てますか?

小学生の頃は何も考えてなかったですけど、今はすごく考えます。やっぱりメンバーとほぼ毎日一緒にいるので、休憩時間をお仕事の合間に挟むと、どっちがどっちだか分かんなくなっちゃうんですよ。切り替えが出来なくなっちゃう。なので、楽屋や休憩時間はすごいわーってなるけど、レッスンや仕事になるとスイッチを切り替えますね。

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<「『東京パフォーマンスドールっていうグループになったよ』って電話したら、『えっ!?』みたいな」>

——TPDのオーディションってどんな感じだったんですか?

当初は東京パフォーマンスドールのメンバーオーディションであることは知らなくて、企画事項が「歌やダンス、女優、モデル、なんでもやりたい人、受けてください!」だったんです。私はこれだったらいいなって思って受けたんですけど、1年間レッスンを受けていく間に、薄々『アイドルになるのかな』って感じてました。

——レッスン期間中は知らなかったんですね。

そうなんです。そもそも候補生みたいな感じで、正式に合格とも言われてなかったので、まだ落ちるかもしれないとも思ってました。そんな1年間をずっとレッスンしながら過ごしていて、ある日9人が集められたんです。その時看板に「東京パフォーマンスドール」って書いてあった。「今日から君達は東京パフォーマンスドールだよ」って言われて、みんな『?』な雰囲気だった気がします。私は名前カワイイな〜ってなってました。

——東京パフォーマンスドールを知ってる人はいなかった、と。

はい。みんな親に言って「そうなんだ」って感じでした。

——晏夕さんのお母さんもそういう感じでした?

「東京パフォーマンスドールっていうグループになったよ」って電話したら、「えっ!?」みたいな。「パパ、メッチャ好きだったよ!」って言われました(笑)。そこから篠原涼子さん達がいたことも知りました。メンバー全員で武道館公演のDVDを観て、「すごいな〜」ってなって。でも、これをまさか自分達がノンストップのライヴでやるとは、その時まだ思ってなかったんです。

——目的は分からないけど、実力だけは積んでいた、と。

ライヴをやるとか、ライヴはこういうスタイルでやるとか、何も言われてなかったんですよ。とりあえず6月にお披露目があります、という話になっていて。そのお披露目の時のリハーサルの映像で「8月に舞台公演決定」と出たんです。で、「舞台〜?」ってなって(笑)。本当もう何も分らないまま7月から舞台稽古が始まって、舞台後半パートには30分から1時間いかないぐらいのノンストップのライヴがあることも分かって。

——実際レッスンもハードだったと思うんです。いわゆる握手会メインのアイドルとは違うとは思ってたでしょ?

でも、公演後にお見送りしながら握手をしていく中で分かってきたんです、自分達が何なのかが。アイドルって女の子からも憧れられるし、男の方からも好きになられるものですよね。いろんな人達から愛される存在にならなきゃって。

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<TPDの現在>

——その後、今に至るにTPDの何がどう変わってきたと思いますか?

意識ですかね。初めてワンマンをやった時、2014年の8月なんですけど、その時はもうCDデビューしていて、舞台しかやってこなかった自分達が、初めてノンストップの90分間ライヴをやることになったんです。しかも、いきなりワンマンツアーで。名古屋と大阪に行くということで、みんなの意識が変わったと思いますね。名古屋は初でしたし、大阪は2回くらいしかライヴしていなかったので。舞台では魅せるという意識が強く会場のお客さんと一緒に作っていくということが足りてなかった気がします。

——協同性が必要なんだと気づくわけですね?

はい。お客さん達と一緒になってやってくんだぞっていう。それに気づいたのが2014年のTIFでした。TIFが一番大きかったかなって思いますね。そこでTPDがワンマンをやることも知ってもらえたし、TPD自体も広まったと思うんです。TIFを経て次の初ワンマンライヴから意識が変わったんです。

——TPDの良いところと課題を教えてください。

9人全員、踊り方も歌い方も違うんですよ。特に踊り方。そこで個性が出ていいとも言われるんですけど、振り付け自体が変わってくるので、そこはいつまでも課題なんです。TPDとして、もっと自分の役割を知ることが必要というか。あと、どうしたらもっとライヴに来ようって思ってくれるかです。チラシ配りもするんですけど、「あ、いるんだな」ぐらいで終わっている気がするんですよ。かといって、簡単にメディアに出れるわけじゃない。でも、面白い事をしたいなって思ってます。人がしていない事を。最近だとフォーメーションダンス。時計のグルグル回ってる振り付けをしたり、舞台もすごい変わってる事をしていたり、そういう事が自分達には逆に合ってるのかなって思いますね。「TPDのこの曲が好き」とか、「おもしろいことをしてるグループがいるから観に行こう」と思ってもらえたらいいなって思います。

——晏夕さんのダンスとか表情は、舞台向きでもあるような気がしますが。

本当ですか? 結成した頃は、自分はクールな立ち位置だってずっと思ってました。周りからも笑わないほうがいいと言われてたんですけど、「そんなの関係ないじゃん」って思ったのが『1×0』を終えてからなんですよ。自分の皮がむけたというか、「もうそんなのどうでもいいんだな」って思えてから、いろんな自分を見せれたらいいなって思いながらいつもやってます。そういった意味で私、宮沢りえさんに憧れているんですよ。宮沢りえさんって、いろんな事を表現されるじゃないですか。私も、「この子と1回しゃべってみたい」って言われるようなパフォーマンスをしたいんです。だから、表現するのは表情だけじゃなくて全部で表したいなって思ってます。

——髪の揺らし方とかね。

そうです。髪の毛もパフォーマンスの一部です。髪切ったら多分普通の人とあんまり変わらなくなるなって思うので、これが自分のパフォーマンススタイルだと思ってます。握手会で、「えっ、17歳なの?」と言われるんですけど、今17歳だからこういうパフォーマンスが出来るけど、今のパフォーマンスのまま20歳とかになった時、別に誰も特別に思わないんだろうなって思うんです。なので、それまでにもっと自分の周りが「えっ、まだ20歳なの?」って言われるぐらいのパフォーマンスの仕方を見つけなきゃなって最近思ってます。それが今の私の課題です。

——意外と、ダンスとかガールズグループじゃないところにヒントがあるかもしれないですよね。TPDはもう結構やってるんですけどね。他のグループがやってるような事を。例えば、プロジェクションマッピングと同期してダンスを組むやり方も、いわゆるアイドル/ガールズグループにはないですよね。

でもなんか、1回観てもらいたいんですよ、本当に、TPDを。今回2月にZeppDiverCityで2Daysやるんですけど、たくさんの人に観てもらいたいです。自分達はもうこのために死ぬ気で頑張るから、今自分達がやってる事をみなさんに見せたいんです。死ぬ気でやるから本当に来て! 1回でいいから来て! みたいな感じですね(笑)。

——(笑)。絶対後悔はさせないぞぐらいの気持ちはある?

全然あります。

プロフィール
clm_mmmatsumoto7_p小林 晏夕/コバヤシアンユ
1998年11月9日生まれ/静岡県出身/A型/身長164cm
CHEERZ:https://cheerz.cz/idol/455

約17年の時を経て、2013年6月に新メンバー9名で再誕した東京パフォーマンスドール。2014年6月にSg「BRAND NEW STORY」でメジャーデビュー。最新Sg「DREAMIN’」ではオリコン週間ランキング3位を獲得!MCを挟まずに繰り広げる歌とダンスのノンストップパフォーマンス“ダンスサミット”を体感せよ!2月19日、20日にはZepp DiverCity TOKYOにてライブを開催!
公式サイト:http://tpd-web.com/

MMMatsumoto

MMMatsumoto

MMMatsumotoこと松本昌幸は音楽雑誌MARQUEE(マーキー)の編集長である。音楽雑誌と言いながら8割はアイドルという誌面作りに日々勤しむ。バンド/DJ取材期より非常に現場主義であり、当然ドルヲタ理解度も高い。三次元での2010年代現代アートとはアイドルのことだと思っている超地下からAKBGまでのクソDD。