特集

アイドルフィロソフィー
~Nao☆(Negicco)~

TOKYO IDOLが注目するアイドルとともに”理想のアイドル”について考え、様々な角度からアイドルの条件やアイドルのあり方などを探る特集企画「アイドルフィロソフィー」。
今回は、いまやローカルアイドルの代表格となった新潟のNegiccoが登場。2003年の結成から、2014年に「光のシュプール」がオリコンウィークリー5位を獲得するまで、実に11年。しかし、Negiccoは常に恵まれた環境にいたとは言い難い。彼女たちを支え続けた、アイドルとしての「フィロソフィー」とは何だったのだろうか? 今回はNegiccoのNao☆に話を聞いた。

Interview・Text:宗像明将 / Photo:ayaka horiuchi

Idol_philosophy_nao0502_0040-680x454Nao☆

Nao☆さんが考える「アイドル」とは何かを教えてください。

Nao☆ アイドルか……夢を与える人? アイドルについて深く考えたことがなくて、自分がやっている自覚がなかったんです。「歌って踊ってる」という感覚でした。

とはいえ「アイドル」と言われることについてはどう感じていましたか?

Nao☆ ロコドルが「アイドル」に入れてもらえるのかな……って考えていました。「ロコドルをアイドルに入れないで」って言う人もいて「厳しいな」と思ったりもしました。「ポップジャム」に出たとき(2004年)に「ロコドル」と名付けてもらって、カテゴリがはっきりしたんです。でも、そこから上でやるにはどうすればいいのかを考えて悩んだりした時期もありました。地域密着で田舎者ですから。でも辛い思いをバネにしてがんばれました。

そんなNao☆さんが初めて憧れたアイドルは誰ですか?

Nao☆ 自分から探して「こういう人になりたい」と向上心を持つようにしていて、SweetSさんに憧れていました。アイドルっぽいかわいい曲より、かっこいい曲をやりたいなと思いました。アーティストさんに曲を書いてもらうことが増えたのでそうなれたし、SweetSさんがまだやっていたら会えたんだろうな、って思います。

2003年の結成以来、12年の活動を振り返って、Negiccoとはどんなアイドルだと思いますか?

Nao☆ 「ネギネギ言ってるだけの人」ってイメージが地元の人でも強くて、そのイメージを変えてどう知ってもらうか悩みました。今は音楽好きの人にも知ってもらえるから嬉しいです。

今はそういうジレンマは完全に吹っきれましたか?

Nao☆ それが長くて! T-Palette Recordsさんに入ってからもしばらくは厳しくて、でも「ロコドル」と強調されなくなって、2013年に冬の時期が終わったらしくて春が来ました(笑)。仕事は順調かもしれないです、恵まれてると思います。connieさん(Negiccoのプロデューサー)に泣きながら電話をすると「どんだけ恵まれてるかわかってんの?」って言われて、去年からわかるようになりました。ダンスの先生もいない状態からモチベーションを上げていくには、自分たちで作ってくグループにするしかない、って。

Negiccoの12年の物語に共感する人も多いです。「MUSIC JAPAN」でのPerfumeとの再会も話題を呼びました。そうした楽しみ方、受け止め方についてはどう思われますか?

Nao☆ でも、軽々しくここまで来たとは思われたくないです。今まで私が見て来た人も苦労してる人は謙虚なんです。辛い思いもいっぱいしたけど、それがなかったらオリコン一桁を取ってもクローズアップされなかったと思います。年を取ることは恐かったですけど、その12年があったからこそ今みたいにピックアップしてもらえるんだと思います。

Negiccoは何度も苦難を乗り越えてきました。その中でも最大のものは何でしたか?

Nao☆ んー! ありすぎてやばい(笑)。1番プレッシャーがあったのは「U.M.U AWARD」(2010年の『エリア・アイドルNo.1決定戦「U.M.U AWARD 2010」~全国アイドルお取り寄せ展~』)。優勝できなかったら、また「何年間やってるの? 芸歴が長いのに意味ないじゃん」と周りから言われるのが恐かったんです。それまで新潟の人もあんまり受け入れてくれてなかったと思いますし。そこで優勝して県庁へ行って、「新潟を背負ってがんばってください」と言ってもらえるようになりました。

逆に一番嬉しかったことは?

Nao☆ 「笑っていいとも!」に出たとき(2012年)にタモリさんがNegiccoを知っていてくれたことです。(タワーレコードの)嶺脇社長のおかげなんですけど。そのときに「がんばってたんだなぁ」とか、まさかタモリさんが言ってくれるとか思ってなくて。長くがんばってきたからこそだな、と思いました。

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「新潟のNegicco」というローカルアイドルの枠組みと東京での活動のバランスはどう取ってきましたか?

Nao☆ 東京に出たいとはずっと思っていたし、「新潟で広まることで全国でも広まる」ってマネージャーが言うのが全然意味わかんなくて。高校もNegiccoも辞めて東京に出ようとして、でも周りから反対されました。高校を卒業してからも不安が半端なくて、エイベックスのオーディションを受けたりしました。東京のほうが可能性があると思ったんですけど、東京にはアイドルさんがたくさんいる現状に気づいたし、「U.M.U」で優勝して新潟にいる意味がわかって、新潟にいるからこそ取りあげてもらえたり、物産展にも出られることに気づきました。

今後Negiccoのメンバーとして目指すアイドル像はどんなものですか?

Nao☆ (即答で)Perfumeさんです。「GAME」ツアー(2008年)で新潟に来て、以前共演したことがあるNegiccoの話をしてくださったり、終演後にお話しさせてもらって「また一緒のステージに立ちましょうね」とあ~ちゃんが言ってくださって。がんばって「MUSIC JAPAN」でまた会えて、あ~ちゃんが泣いてくれたりしたことが嬉しくて。

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Nao☆さんはブログで「理想像が強すぎて、自分の気持ちが追いつけず空回りしてました」と書いていましたが、それは具体的にどんなものですか?

Nao☆ 自分がマイナス志向だと言うと怒られるんですけど、「もっとしっかり自分を持ってたい」とか、「こうなりたい」とか、自分の歌を聴いて「もっとこう歌いたい」とか。レベルの問題もあるし、メンタルも弱いところがあって、みんなに相談したときにも比べて落ち込んでしまって。

今は立ち直りましたか?

Nao☆ 今夜も泣きます(笑)。人に元気を与える仕事をするのに。Twitterは気をつけるようにしてます。

Twitterを他のメンバーより後に始めたのは?

Nao☆ 情報をあんまり入れたくなくて。デビュー当時にネットで傷ついて、そのときに「人の意見も大事だけど、人に惑わされるのも良くないな」と思いました。あと、家にパソコンがないので機械音痴で。でも、タワーレコードさんの人に「情報発信源なのにやらなくてどうするの!」と怒られて、かえぽ(Kaede)に使い方を教えてもらいました。MP3もTwitterもInstagramもかえぽに教えてもらいました。

今はソーシャルメディアでは前向きな面を出している感じですか?

Nao☆ そうですね。でも自分の気持ちとしてちゃんと言いたいことは書くようにしています。ファンの人も「弱いところも知りたい」と言ってくださるので、伝えたいことは書くようにしています。

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