特集

編集部パワープッシュ
~前島亜美(SUPER☆GiRLS)×樋口P 編~

avexアイドル専門レーベル「iDOL Street」には、「SUPER☆GiRLS」「Cheeky Parade」「GEM」「わーすた」の4組のグループが所属しています。その総括プロデューサーとして、各グループのコンセプトなどを決めてまとめているのが樋口竜雄氏です。

今回、TOKYO IDOL編集部では、各グループの代表者と樋口プロデューサーとの対談を実施。これまでのグループの活動を振り返りながら、今後の目標などについて話をしてもらいました。

その第2回目は、SUPER☆GiRLS不動のセンター 前島亜美と樋口プロデューサーの対談となります。SUPER☆GiRLSは、avexがアイドルグループの結成を目的として、2010年に初めて開催したオーディション『avex アイドルオーディション 2010』から生まれたiDOL Streetの第1弾グループ。そのオーディションのときの話や新メンバー加入時のこと、これからのグループについてなど、たっぷりと話をしてもらいました。前島亜美の「心意気」が感じられると思います!


Interview・Text/荒井敏郎(TOKYO IDOL NET) / Photo:西村一光(TOKYO IDOL NET)

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SUPER☆GiRLSはいわばiDOL Streetの出発点であり、そして樋口さんの出発点でもあると思うんですけど、まずはプロジェクトのスタート当初のことを振り返っていただけたらと思います。

前島亜美(以下、前島):樋口さんと初めてお会いしたのはオーディションの2次審査ですよね。

樋口竜雄プロデューサー(以下、樋口P):今はなきアヌシーっていうスタジオがあったんですけど、そこがオーディションの会場で。いや~(前島は)可愛かったんですよ。今みたいに笑顔をバンッ! と出してくれる感じじゃなくて、すごくおとなしそうな子で、ちょっと怯えちゃってるかなってぐらいの感じでした。

前島:めっちゃ緊張してましたもん。オーディション雑誌でたまたま見つけて応募したんですけど、ケータイ応募可だったので、ふらっと気軽に応募できたんですよね。当時はケータイで応募できるオーディションってすごく珍しかったので。でも実際、芸能界みたいなものがあると思ってなかったんですよ。テレビの中の世界というか……。本当にオーディションがあるなんて思ってなかったし、本当に合格者がデビューできるとも思っていなかったので、最初の合格通知が届いたときはすごく驚きました。空手の試合をしていたら、家にいた姉から電話がかかってきて「なんかavexから封筒届いているんだけど」って(笑)。応募したこと自体忘れていたころに通知をもらって、初めて面接審査に参加しました。初めてひとりで人前に立って、大人もいっぱいいて、カメラもあって、可愛い子がいっぱいいて……という状況だったので、「歌ってください」って言われてめちゃめちゃ緊張しましたね。

樋口P:歌う曲は自分で選んだんだよね。

前島:倖田來未さんの『愛のうた』を選びました。

樋口P:細い声で「あいのうた~♪」って歌ってたの覚えてる(笑)。

前島:バカにしないでください(笑)。ほんとに緊張してたんですよ、顔も真っ赤で。

樋口P:その時オーディション会場に一緒にいたのは誰だったっけ?

前島:初代リーダーのさおりーぬ(八坂沙織)ですね。当時21歳で、すでに完成してたんですよ。オーディションでは密着映像みたいなものを撮るカメラが入っていたんですけど、さおりーぬは私のひとつ前のグループだったので私が入った時にはもう審査が終わっていて「どうでしたか?」っていうインタビューを受けていました。それを見た瞬間に「こりゃダメだ」と思いましたね(笑)。「ああいう子が受かるんだろうな」と思って、すごい衝撃だったというか……。

樋口P:その時のオーディションは結構大規模でやったんですよね。avexでは常時いろいろなオーディションのプロジェクトが動いているんですが、その中で2年に1回大きなオーディションをやるっていうのが周期としてあって、それで、たまたまスパガ(SUPER☆GiRLS)のオーディションをやる時に大規模に予算がかけられるということになり、沖縄とか北海道とか全国規模でやったんです。地方ではカラオケ店と連動して、とにかくそこに行けば審査を受けられるというかたちの予選にしました。書類落ちがないので7000人くらい集めることができたんですが、そういう風に予算をかけて大規模にやってよかったなと思えたのは、実は前島が入ってきたことなんですよね。さっき前島が話した通り、当時はケータイで応募できるシステムを持ってる事務所があまりなかったし、あとはそれこそ前島の好きなハロー!プロジェクトのアップフロントさんも、ちょうどその時期3年ぐらいオーディションをやってなくて……。もしあったら前島はそっち受けてたと思うし(笑)。

前島:はい、あったら受けてました(笑)。

樋口P:(笑)。だから、そういう絶妙なタイミングで「avexが初めてアイドルを募集します」ってことでやったオーディションだったから、そこに前島が来てくれたのは縁だなとも思うし、前島が今スパガの主軸メンバーとしてやってくれているのも、あそこであんだけ大規模にやっていたからこそだと思っています。もし前島がハロプロに入ってたらこっちとしては大変なことですよ。「モーニング娘。」になっちゃってたかもしれない。前島が来てくれたことで、あちらに悔しい思いをさせることができたかもしれないですよね。

前島:いや、そんな、大した人じゃないですよ……。

樋口P:そんなスター性を秘めたメンバーだなと思っています。

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グループができてセンターを決めるってなったときには、どういう経緯で前島さんを?

樋口P:いやもう前島しかなかったですよね。ただ、完成してるって意味では確かに八坂とかもいますし、荒井(玲良)とかも美少女コンテストのファイナリストだったりするし、そういうスーパーな子たちが集まりました。この12人は、最年少から最年長までの幅の広さもそうですけど、王道路線で国民的になれるような、黄金期のモーニング娘。のようなキャラクターを揃えたつもりです。で、そこで前島をセンターに置くっていうのは満場一致でしたね。メンバー的には「なんであみたちゃんがセンターなんですか!?」っていう声もあったのかもしれないけど(笑)、どう見たって前島がスタートを引っ張ってくれる人だと思ったし、当時も人気は前島か八坂かって感じで二分してたし、そこはちゃんとお客さんもそういう反応を示してくれていたから、間違ってなかったなと思ってますけどね。

前島:ちっちゃいころからハロー!プロジェクトさんが大好きでアイドルを見続けてはいたんですけど、いざ自分がやってみるとほんとに大変で難しいことばっかりで……。でも本当にSUPER☆GiRLSになれて良かったなって思ってますし、いろんな方に出会って活動できたこともうれしいなと思っています。真ん中のポジションを頂いたことで、普通では体験できないことも体験できて、それは本当にありがたいことですし、もっと頑張んなきゃと思っています。

SUPER☆GiRLSとしてやってきて苦しかった時期はありますか? 結構いろいろと試行錯誤しているグループだという印象はあるのですが。

前島:悪い意味ではなく、気性が激しいというか変化がとてもあったグループだと思うので、濃すぎてひとつに絞るのは難しいんですけど……。乗り越えたかなと思うのは3年目の2013年ですかね。初の武道館公演をやった年でもあって、武道館を経て自分の気持ちが変わったり、渋谷のボードに私が三面出させていただいたりして、すごくいろんなことを感じて、そういうきっかけをもらえていることに対して応えていかなきゃなと思いました。あとは、その年に『超絶☆絶叫ランド』という初主演ドラマをみんなでやったのですが、毎週末愛知県までバスで通って朝から晩まで撮影をして、同時に東京でのイベントにも出てというハードスケジュールだったんですけど、すごく充実していましたし、そのドラマが完成したときはみんなで号泣するぐらい達成感がありました。3年目は、頑張って作りあげたものがかたちになった、大事な1年だったかなと思います。

樋口P:実はアイドルプロジェクトを立ち上げた時から、資料とかに「3年後に武道館」と書いていて、多少ズレがあるにせよそのプロセスを共有できてたんですよね。各スタッフはそれぞれいろんな仕事をしていて、それこそ販促の人とかグッズの人とかライブの人とか多くの人が関わっているんだけど、武道館に行くためにはこれとこれをこういう風に積み上げていかないといけない、っていうのがちゃんと見えていて、そこに向けてスタッフも含めてみんなの気持ちが揃っていたからあの公演ができたと思うんですよ。言うのは簡単だし、武道館をお金出して借りることはできるんだけど、ちゃんとそこをゴールにして積み上げていかないといけないので大変だったよね。

前島:そうですね……。それに、予想外のことが起こって「マジか……」ってなることもありましたし。

樋口P:そういうのはいっぱいあったね。

具体的にどんな予想外が起こったのでしょうか?

前島:まずびっくりしたのは、ひとり目のメンバーの卒業ですかね。2012年だったと思うんですが、あれが私的には重要だったなと思います。スパガは「12」っていう数字を大事にしていて、歌詞にも「12人」とか「12の道」みたいな言葉が入っていたり、コメントで「12人でデビューして……」って言ってたりもしたので、ひとり欠けるというのは大きくて……。なので初めて卒業するって聞いたときには、仲間がいなくなってしまうっていう寂しさと同時に、ひとり欠けてしまうだけでこんなに大変なのか、こんなに周りの人に心配をかけたりしてしまうのかと思っていました。そこでも自分が変わったというか、1回みんなで大きな困難を乗り越えたなという気がしています。

樋口P:レコ大を獲ったあとの2月だったかな。確かに、僕も「12」にこだわって12人にしたし、歌詞にもそれをふんだんに散りばめていました。あとは、当時、メンバーが抜けていったとしても追加はなしで残ったメンバーでずっと続けていこうっていうのはよく話してましたね。でもアイドルシーンって目まぐるしく変わっていくから、そのままでっていうのはポリシーとしてはいいんだけど、残ったメンバーの置かれる環境としてはやっぱりチェンジも必要かなとか、12に戻したほうがいいんじゃないかという話になって、一度考え直したんですよね。それで結果的には、一旦みんなで武道館を達成するところまでいってから、2章でメンバー加入ということになりました。もし武道館までの途中で新メンバーが入ってたら、みんなの気持ちや最初に立ち上げていたものがブレたりもしてしまったと思うので。

前島:そうですね。

樋口P:武道館が終わってから、3人が合流していくストーリーを半年くらいかけて作っていけたので、そこはみんなの気持ちも含めて大事にしてやってきたつもりです。

新メンバー追加の流れは、武道館前から考えていたことなんですか? それとも武道館が終わった後にひと区切りついてから考え始めたことですか?

樋口P:武道館は「その年の1月に挑戦します」って宣言してたんですが、そこに向けて全国キャンペーンをやっていく中で、スパガの2章のイメージが出てきました。そのときは、後にGEMになるメンバーや3期生が入ってきた時期でもあって、GEMのスターティングメンバーを試していた期間だったんですよね。浅川(梨奈)もその中にいたんですけど、試していく中で浅川はやっぱりスパガなんじゃないかなって思い始めて……。それで、武道館の時にGEMのメンバーを決定して、それでそこから外れてしまった浅川がスパガになっていくっていうストーリーをイメージしたのがその辺りの時期ですね。

前島:でも、新メンバーが入って良かったと思います。当時のリーダーの八坂沙織が卒業するのと同時に3人の新メンバーが入りますっていうのを同じミーティングで聞かされたんですけど、そこではまずリーダーの卒業にびっくりして……。人気もあったし、歌もうまくて、頭も切れて、みんなのことがよく見えてて、本当にみんなの柱でもある模範のリーダーだったので、そのリーダーが抜けるんだなっていうことの衝撃が飲み込めないまま、まさかの新メンバー追加だったので(笑)。新メンバーを入れないでずっとこの12人でやっていくっていうのがあったので、最初は飲み込めないメンバーとかもいて、溝手るかはティッシュ3箱分くらい泣いてました。でもやっぱり、新しい環境は受け入れがたかったりもするんですけど、長い目で見てスパガのためを思って判断してくださったことだとみんなで信じました。それからもうすぐ2年になるんですけど、今ではやっぱり信じてよかったなと思っています。浅川はグラビアで頑張ってくれてて、(渡邉)幸愛もみんなの刺激になってると思うし、内村(莉彩)もフレッシュ感というか、平均年齢を下げてくれてて(笑)、いろんな層にアピールしてくれてるなと思っているので、3人が入ってくれてよかったです。

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TOKYO IDOL NET

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ライブレポートやポートレートを中心に、写真とアイドルをコンセプトに展開するウェブサイト。掲載している写真にはExif情報があり、シャッター速度やISO感度などを確認できるといった特徴がある。ウェブサイトの運営のほか、ジャケット写真の撮影やイベント用写真の撮影、ほかメディアへの写真の提供など、写真を中心にさまざまな活動を行っている。