特集

劔樹人の「チャクラの羅針盤」
~vol.2「決められた別れ、そして突然の別れ」それでも離れられない魅力に取り憑かれた男~

ヲタを笑うものはヲタに泣く。ハロプロのファンであると同時に、ハロヲタの大ファンでもある劔樹人が、ヲタの中でひときわ輝く逸材を追い求める連載「チャクラの羅針盤」。
第2回に登場するのは、広告プロデューサーとしての仕事柄「半ヲタ関係者」状態を味わった反動で、純粋なアイドルとファンという関係性の構築ができる現場を追い求め続けてきた桃田海老蔵氏(仮名)。出会いと別れを繰り返しながら、死に場所を探す男の生き様がここにある!

Edit:石井龍(2.5D)



clm_chakra2_3

【早見さんが4月10日に辞めるって聞いて、自分は4月11日に仕事を辞めるって宣言して】

劔:えーと、まずアイドルを好きになったきっかけから伺いたいと思うのですが。

桃田:現場行くようになったきっかけでいうと、ももいろクローバーですね。早見あかりさんに出会ったのが最初です。実はその前、つらいときにずっと松浦亜弥さんを聞いていたりというのはあったんですけど。

劔:僕も10年以上前、生活が苦しい時にあややきっかけでハロプロにハマったんですが、やっぱり同じことがあるんですね。でも相当昔ですよね?

桃田:そうですね。仕事で一番つらいころが25歳くらいのときにあって、そのときめちゃくちゃ聴いてました。でも現場にいったりとかアイドルとして推そうという感覚はなかったですね。そういう意味でははじまりは早見さんです。

劔:早見あかりさんが気になったきっかけはどういう所だったんですか?

桃田:知り合いのカメラマンさんが早見さんをずっと撮っていて。ももクロのメンバーだとはぜんぜん知らなかったんですよ。ただ純粋にビジュアルが気になって。綺麗で目が印象的な子がいるなとひっかかっていて。だから現場を見に行くというよりは撮っている写真とかをたまに見せてもらったりしていて、それが徐々にももいろクローバーってグループの子なんだってわかってきて。実際見たら、僕はもともとプロレスとか格闘技が好きだったので、そのころのライブの演出だったりトークの内容だったりが格闘技ファンとしてはささって。それが最初ですね。あと推してることに対する言い訳が結構あるじゃないですか。それこそ神聖かまってちゃんと一緒に2マンやったりとか。アイドルって最初は入るにあたって恥じらいがあると思うんですが、それに対する言い訳がももクロはいろいろあったっていう。

劔:早見あかりさんの写真って、ももクロメンバーというよりは個人の仕事ですか?

桃田:個人的に撮ってたり、あとはいろんな雑誌とかで。アイドルとして撮られている感じではなかったです。

劔:それって何年くらいですか?

桃田:2010年ですかね。でも最初見たのは2009年くらいかもしれないです。

劔:早見さんってそんなころからそういう仕事やってたんですか?

ももクロがクリエイター周りに注目され始めたころですね。(早見さんの写真が)FOILギャラリーで展示されてたりもしましたよね。

桃田:やってましたね。あれはちょうどももクロを辞めたあとだったはず。

劔:神聖かまってちゃんとももいろクローバーが対バンライブをやったのが2011年の2月かな。「劇場版 神聖かまってちゃん」っていう映画のカメラを入れていたときで、役者の子たちも客席でそのシーンを録って。あの時は早見あかりさんが辞める直前って雰囲気でしたね。

桃田:あのイベントは僕も気になっていて。でもアイドルを見に行っている友達がいなくて、一人で現場に行く勇気もなくて行きませんでした。だから(早見さんが)辞める前はぜんぜん現場行けてないですね。僕、ももクロの初現場が2010年12月のK-1だったんですよ。K-1のハーフタイムショーに彼女たちが出たことがあって。そのときは本当にK-1が終わりそうな時期で、最後だからって行ったらたまたま(ももクロが)でてきてっていう。すごく面白い子たちだなと思いました。パフォーマンスもすごかったですし。

劔:やっぱり生で見た衝撃はありましたか?

桃田:かなりありましたね。運動神経もいいし、度胸あるなと思って。

劔:それまではなんとなくカメラマンさん経由でぼんやり見ていたのが、それをきっかけに現場に行くようになったんですか?

桃田:そのあと震災があってほとんど現場がなくなっちゃって。だからそのあと結局見れたのが中野サンプラザの脱退のときだったんですよ。そのとき僕もちょうど仕事を辞めるのが決まっていて。早見さんが4月10日に辞めるって聞いて、自分は4月11日に辞めるって宣言して。どうせだったら早見さんと一緒に辞めようと(笑)。

前回もそうだったと思うんですけど、脱退とか解散があるとそれにあわせて自分が何かを辞めようとしたくなる現象ってなんなんですかね(笑)。

桃田:同じ気分を共有したいんですかね(笑)。

向こうもアイドルとして人生かかってますけど、ちょっと意味合い変わってくるというか、仕事辞めるってなると完全に同調じゃないですか(笑)。

桃田:僕の場合は、次行く会社も決まっていたのでただの悪ふざけです(笑)。なんなら卒業のスピーチもパクりながらやろうと思ってたけどさすがにそれは失礼だからやめました(笑)。まぁでも生活の隣にある感じというか、同じ時間をすごしている感を味わいたいっていう。

劔:じゃあ時間的にもよく覚えているんですね。

桃田:そうですね。震災で仕事も止まっちゃったりして家にいる時間がけっこう長くて。でも余震とかあったからみんな不安で、友達の家に集まって最初のTIFの動画を見続けたりとか、『ココ☆ナツ』踊って元気出したりとかしてました。そういう感じでももクロに接していたから、勝手に感謝しているんですよ。元気付けてもらって。

劔:そのころって僕の友達でもももクロのこと好きだった人ばかりだったなあ。ハロやAKBを好きだった人たちもどんどんももクロに移っていって。そういえばももクロとスマイレージとbump.yとSKE48の対バンとかもありましたよね(2010年8月に渋谷C.C.Lemonホールで行われた「アイドルユニットサマーフェスティバル2010」)。僕はその当時アイドルから離れていて、そんなライブを体感しなかったことに対してはすごい心残りがあります。

あのころって今ブレイクしている人たちが奇跡的に一緒になっていたときですよね。

劔:その中でもその組み合わせはけっこう伝説的ですよね。ももクロはすごい勢いあって、SKE48もいるっていう。スマイレージもちょっと沈んでいたハロプロにとっては最終兵器みたいな感じだったろうし。まずアイドル戦国時代という言葉を最初に口にしたのもスマイレージの福田花音ちゃんですからね。福田花音ちゃんは「ライバルは少女時代」と言ってみたり、すごいアジテーターだったんですよ。TIFの始まりと並んでアイドル戦国時代を象徴するようなイベントだったと思うので、あの雰囲気は味わいたかったですね……。まあそれはいいとして、どのあたりからがっつりももクロの現場に行くようになったんですか?

桃田:Zになってからはかなり行ってましたね。関東近郊であるやつはほとんど行っていたし。

劔:まだリリイベとかやっていた時期ですよね。

桃田:でも接触はほとんどなくなってました。大きいところでやっていても(ステージに)近いチケットを買えていたのが、そこからすぐチケットがとれなくなってきて。

劔:いっきにメジャーになった時期ですね。

桃田:それでも遠征に行くとわりと近くで見られるから長崎のイベントに行ったり、香川のイベントに行ったり、みんなでバス貸しきってうどんツアーをしながら見たりとか。大人になるといろいろできるようになるからタチ悪いんですよ(笑)。楽しみ方がみんな全力になるから。

劔:そういうのが楽しいんですよね。それってどれくらいの人数で行ったんですか?

桃田:香川は10数人とかかな。西武ドームも20人くらいで、映像制作会社の友人がバスを借りてツアーを組んでくれて。

劔:皆さん仕事柄クリエイター系のファンとか?

桃田:多かったですね周りには。

劔:現場で知り合いとかはできました?

桃田:普通にできましたよ。

劔:じゃあ楽しいばかりですね。当時のももクロの雰囲気っていうと僕が覚えているのは、すごいUstreamとか活用してましたよね。

桃田:そうですね。そのへんのメディアの使い方も面白かったですね。かまってちゃんはニコ生で流してたんでしたっけ?

劔:だいたいそうですね。

桃田:ももクロはUstをうまくつかって、ちょっとした空いた時間で日常の姿を流していて。そういうのもけっこう面白かったんですよね、接触はなくなっていたけど距離の近さを感じるというか。

劔:移動中の配信とかしていましたよね。

clm_chakra2_2

【「小さい子を推してる方が強いヲタなんじゃないか」という幻想が自分の中に生まれ始めて】

あのころが一番何やってもいい感じがありましたよね。今はどちらかというと、タイプによる分布図が見えている気がします。

桃田:そうですね。当時は勢力図がぜんぜんできてなかったっていう。AKB以外はあんまり、ハロプロはハロプロであったんでしょうけど。

そのころはハロー!は閉じていた時期ですよね。

劔:ハロプロの対外試合は今は多少ありますけど、その時期ですとほとんどなかったんじゃないですか。

今よりも混沌としたシーンな気がします。今のミックス系のイベントってわりと近い人たちっていうんですかね、こことここがやったらイベント自体が壊れたりしないよなっていう組み合わせで洗練されてきていると思うんですけど、当時はぜんぜん意味わからない組み合わせとかもありましたし。

劔:アイドルとその他が混じったようなそういうイベントのさきがけになったのは、かまってちゃんとももクロだという意見もありますよね。

桃田:ありますね。異種対決というか。アイドルはアイドル同士でやってたんですけど、ああいうバンドとやるっていうのは面白かったですよね。

劔:あれをももクロのターニングポイントだっていうももクロファンの方もいるくらいで。

桃田:あそこからまた一気にはねた感じがしますよね。7曲連続で歌ってからの夏菜子ちゃんのお客さんへの煽りがカッコよくて。

劔: あれはHMVの企画だったんですよ。かまってちゃんとしても良い機会を頂きました。

桃田:楽屋にいきなり突撃したりとかもありましたよね(笑)。

劔:かまってちゃんの配信で。いつもはかまってちゃんが対バンの楽屋に突撃することしかなかったのに、ももクロに仕掛けられたんですよ。当時はほかのアイドルグループってどうなってましたっけ?今ほどいなかったですよね?

2011年とか2012年は、今大きな会場でやっているグループさんが台頭しはじめた時期かなと。

劔:そうか、当時はでんぱ(組inc.)とかぱすぽ☆(※現在はPASSPO☆)とかが話題になりだして。それでもももクロばかり行っていたんですか?

桃田:そうですね。ももクロだけでした。

劔:桃田さんは人生というか、心境の変化としてももクロの影響はあったんですか?

桃田:あんなに夢中になれるものがあるとは思ってなかったので性格が明るくなった気がしますね(笑)。好きなものができて日々が充実するようになりました。

劔:ももクロはいつごろまで続いたんですか?

桃田:2012年くらいですかね? 何度かお仕事させて頂く機会もあったんですが、そうすると裏であったときに「お疲れ様です」っていわれる関係になり、違和感を覚え始めて。そのあとどんどんあの子たちも大きくなっていくから当然チケットもとれないし、会えなくなり。徐々に自分の楽しい現場のサイズ感やファンとしての適度な距離がわかってきて、離れ始めました。で、エビ中や他のグループとかに行ってみたり。

劔:ももクロほどは夢中にならなかった?

桃田:曲も大好きで遠征もしていたけど、はまりすぎないように自制していたのかもしれません。

劔:Zになったタイミングくらいから変わっていった人はいました。僕の周りでも、その時期にエビ中とかに行きだす人もいました。

桃田:接触がなくなっていったから接触や認知を求めて違うところに行く人は多かったですね。

劔:今もライブアイドルの現場でありがちですよね。

そうですね。特に劔さんはミュージシャン側の視点でよく見ていると思うんで、インディーズからメジャーに行くと伝え方ってけっこう変わるじゃないですか。それが合わなくなる人がいるんですよね、距離感っていうか。

桃田:自分の求めているものと変わってくるのはしょうがないし、ずっと同じ規模でやっていたら幸せかといったらそんなこともないし。タイミングが自分とはあわなくなったなと思ったら去ればいいと思っています。それを無理に見に行って、面白くないなと思って見ていてもしょうがないじゃないですか。

劔:ももクロのときに熱中している生活があると、それがなくなったときの寂しさはあったんですか?

桃田:寂しいですよね。なんだかんだ別のグループを見てはいたので、そういう毎日が完全になくなってはなかったんですけど、振りコピしたりグッズ身に着けたりみたいな熱さは徐々になくなってきましたね。

どういう見方をしてたんですか? ガチ恋的な見方なのか、応援って感じなのか。

桃田:ガチ恋って感じにはならないですね。いいおっさんなのでぜんぜん僕はそっちにいったことはないです。

劔:ももクロってあんまりそういう人多くないですよね。

元気もらえるとかそっちですよね。

劔:やっぱりピンチケが多い現場ってあるじゃないですか。ももクロは常にそういう感じはなかったですよね。

桃田:現場の雰囲気ってすごく大事で、大きくなるにつれて変わってきますよね。自分に合わなくなると、もう現場には行かなくてもいいかなと思ってしまいます。

親戚のおじさん的な目線でいまでも見ていますか?

桃田:がんばって欲しいなと思っているし、いまだにテレビとかではちゃんと見ているんですけどね。そこからおはガールちゅ!ちゅ!ちゅ!っていうのが出てくるんですよ。

劔:ついに次の勢力が登場するわけですね!

桃田:たまたま友人がTIFで見て「全員カワイイくてヤバいグループがいる!」っていうんで映像見たんですが、そのころって13、4歳の子たちを推すことに対する恥ずかしさみたいなのがまだちょっとあったんですよね(笑)。ただ、色んなアイドルヲタを見ているうちに、「小さい子を推してる方が強いヲタなんじゃないか」という幻想が自分の中に生まれ始めていて。掟(ポルシェ)さんみたいに小学生を推してるのがすげぇみたいな。

劔:ハロもBerryz工房ができた時に、そういう状況がありましたね。

桃田:世間の目を気にしない一個抜けた強さみたいなものを謎に感じてしまって。小学生と接触して普通にトークして笑わせられているのがカッコいいと間違えて思ってしまい。ヲタってどんどん若い子に下っていく傾向もありますよね。

劔:確かにスターダスト系でもそういうのありましたね。たこやきレインボーとかもいますし。

桃田:みにちあ☆ベアーズとかを推してる人たちはガチな人たちだから強ぇなって。ハロー!もBerryz工房は10歳くらいでしたよね、最初は。

劔:そうですね。平均年齢はそれくらいだった。あのときって、本当に試されている感じがありましたね。

一歩ひいてみると小学生の子を本気で推してる人って、そういう癖の方か、徳を積んでいっている人かなって思うんですよ。

桃田:僕もだいぶいろいろ見てきたからそろそろ違う段階にいきたくて、徳を積みたいという感覚があって。まぁでも見ていくうちに本当にただ中学生くらいの子が好きなんだなって思うようにはなりましたね。

劔:ついに言い訳が必要なくなったと(笑)。

桃田:性的などうこうというよりは、そのころにしか出せない青春感に惹かれるんですよ。プロっぽくなるかならないかのぎりぎりの境界線だったり。

劔:掟さんが好きなのもそういう感じだと思うんですよね。歌声にも子どもにしか出せない良さがあるし。でもやっぱり10年前のBerryz工房の現場には、おかしな人は多かった印象があります(笑)。僕の友達が見たのは、大宮イチさんみたいな顔をしたおじさんが興奮を押さえるために自分の顔をぶん殴っているっていう(笑)。

それやばいですね(笑)。

劔:その友人はびっくりしてその人のあとを付いていったんですよ(笑)。そうしたらトイレの鏡に自分の鼻くそをなすりつけてたっていうんで。なんか不安だったなー(笑)。

桃田さんは自分自身の何かを重ね合わせるということはなかったんですか?

桃田:中高男子校だったのでそのころ女の子と話せなかったから青春時代の何かを取り戻そうとしているところは確実にあって。こんな可愛い中高生たちと話せるようになるんだぞと、あのころの自分に伝えてあげたいんですかね。今思うとその頃から続く病なのかもしれません。

劔:おはガールちゅ!ちゅ!ちゅ!ではどんな感じのヲタ活動をしていたんですか?

桃田:おはガールは、もともと2年間しか活動しなかったんですけど、1年目が終わるぎりぎりくらいから行きだしたのでそんなに長くはないですね。

劔:活動の期間が決められていたんだ。

桃田:基本は1年で交代なんですよ。番組のキャラクターなので中学生じゃなくなったら終わりで、その子たちは人気があったからか2年目があることになって、僕は2年目から本格的に通いました。距離を間違えてしまったももクロと同じ轍を踏まずに、ヲタとしての距離を楽しみながらおはガールには接しようと。

劔:そのスタンスの意識があったんですね。まぁでもおはガールに大きな魅力があったんですね。

桃田:そうですね。単純に3人ともめちゃくちゃ可愛かったんですよ。しかも曲も良いし、現場のサイズもそんなに大きくないし、あと子どものための現場っていうのが基本にあるので過度なフリコピとか、大きい声出したり、ペンライト持ったりとか禁止だったんですよね。だからヲタがみんな静かで、いろんな現場で疲れた人たちが静かに見守るような雰囲気で居心地が良かったんですよ。人もみんな良かったし。

劔:どのくらいの規模感だったんですか?

桃田:ショッピングセンターのイベントスペースとか、屋上とかそういうのが多かったです。曲出るときだけイベントを打つんですけど、出ないときは何もないし、イベントがたくさんあるっていう感じではなかったですね。

劔:テレビ番組ありきのアイドルですからね。

桃田:テレビに毎日出ているから自分のテンションは途切れないんですよ。ライブにあんまりいけないとどうしても盛り上がらなくなるんですけど、定期的にコンテンツが投下され続けるって大事だなと。キャプチャーの画像とかを毎日ダウンロードして、1年間で1万枚以上おはガール画像がたまっていくっていう非常にやばい状態でした(笑)。

劔:ライブアイドル系とはまったく別物ですね。

桃田:戦わない感じでしたね。ただひたすら可愛い子を静かに見たいっていう。

アイドリング!!!さんがテレビのアイドルとライブアイドルの中間みたいなところだと思うんですよ。おはガールさんとかX21さん、赤マルダッシュ☆さんなどはどちらかというとテレビによっているのかなという印象はありますね。

劔:対バンとかはあったんですか?

桃田:ぜんぜんないですね。アイドル甲子園とかにたまに出ていたりしていたけど。

劔:どういう会話をしていたんですか?

桃田:ブログに書いていたことや番組でのことをちょっと拾ってとか、あとは基本的にはライブを見てどうだったとか、あんまり攻めない感じです。

劔:そこはあたりさわりなく。

桃田:うん。その場にいって話せっていわれても何も出てこないから、こういうこと話そうというのは全部書いて記録してました。聞きたりないことがあれば、もう1周買って話したり。その場で組み替えてはいるんですけど、最低限話すことは決めていた感じですね。

劔:僕が仕事柄ライブハウスで盛り上がっているアイドルをたくさん見ていた時期に、そういう場所もあったわけですね。

あのころはライブイベントを中心にシーンが回っていましたよね。だからおはガールさんとか、テレビの中をベースにする人たちはあんまりシーンのど真ん中ではなかったですよね。

桃田:認知されるとどんどん楽しくなってくる、向こうからもいろいろ話してくれるし、認知されるのって大事だなって。だから認知されるために最初何をするかっていうのはすごい考えるようになって。短い時間でとにかく行きまくるとだいたい覚えてくれるんですよ。6枚買うとサインもらえるから、名前も覚えてくれる。手紙も渡すとわりとすぐ読んでくれて、1部と2部の間で読んですぐ感想くれたりとかそういうレベル。なので、ちゃんと伝えたいことあるときは長めの手紙を書いてツアー中日くらいに渡して、その感想をそのツアー内で回収する、そういう計画を事前に立てるのがめちゃくちゃ楽しかったですね。

劔:そういう信頼関係があったわけですね。

桃田:そうですね。

劔:じゃあガッツいたり、異常に盛り上がったりするような人もあまりいなかったですか?

桃田:少なかったと思いますよ。そういうのが楽しい人は混ざりづらいんだと思います。ほとんど禁止だから面白くないんでしょう。あと握手のレートが高かったので、安易な接触を求める人もいないし。すごく居心地良い現場でした。

劔:でも、それも終わりを迎える時がくるわけですよね。

桃田:夏のリリースイベントの最後に、次のシングルの発表をしたんです。これがわたしたちの最後のシングルになりますって。そこで初めてこの現場はなくなっていくんだ……という実感が湧いてきて。ただ思い出づくりっていう気持ちは最初からわりとあったんです。終わるのがわかっていると、全部思い出に残そうと思って話したことも全部テキストデータを残し、チェキやサインもデータにしてあります。あげた手紙やプレゼントも写真に残しておいて自分が何をしていたかっていうのを全部記録に残しました。そういう思い出を詰め込んだ遺品フォルダっていうのがあるんですよ(笑)。

劔:さすが、仕事柄データ処理能力に長けていますよ(笑)。もともと活動期間がわかっているというのはさくら学院とかもそうじゃないですか。そういうアイドルを応援するのもやりかたがあるんだなあ。本当に好きだからやっているところと、思い出づくりっていう理由をつけていくのもやっぱあるわけじゃないですか。感情的にはどうなんですか? 終わっていくものに対しての感情というか。

桃田:終わってしまう悲しさを紛らわすために、楽しかった思い出だけを都合よくパッケージしていった所はありますね。推しと自分との物語を作るために通っていたので。

劔:それはすごいわかりますね。

clm_chakra2_1

【笑顔がなくなっていきましたね。あんなに笑顔になることってないですから。】

桃田さん、お仕事はプランナーでしたっけ?

桃田:肩書はプロデューサーなんですが、プランニングをすることもありますね。

仕事柄もあり、コミュニケーションがベースにあって、中高生のときに測れなかった距離みたいなものを補完する形で今アイドルと接しているというのはありそうですね。道頓堀川さん(※連載第1回のインタビュー参照)と同じで、道頓堀川さんも性格上構築的に物事を考える、マイルールみたいなものを積み重ねているじゃないですか。

桃田:それすごい大事で、あの日常を非現実にするっていうのは自分もその通りだなと思っていて。仕事とかある程度ルーティンになってくるところに、自分の生活にバグをちょっと潜ませたいというか、予想もつかないことを持ち込みたいってなったときに、アイドルが一番面白かった。日々起こる予想外な出来事に身を任せて面白かったこともそうでないことも残しておこうと。これだけ熱中して時間をつかったんだったら後から思い出せるようにしとかないともったいないなと思って。

劔:そこがプロデューサー的なところありますよね(笑)。

桃田:結局忘れていっちゃうじゃないですか、その時の心境や小さな出来事って。ほとんどが他愛もない出来事の積み重ねなので、全部残しておこうと。

劔:ももクロのときの反省点がそこにつながっていると。

桃田:はい。ももクロヲタ仲間との最高に楽しかった時間は、Facebookグループに断片が残っているくらいで。おはガールの卒業後には、メンバー本人やお母さまからお手紙とプレゼントを頂きました。

劔:お世話になりましたって感じですか?

桃田:はい。何度も手紙書いてたんですけど住所を書いてなくて、ある日、お返ししたいから教えてくださいとお母さんからいわれて。

劔:お母さんも現場にいるんですか?

桃田:まぁ人によるんですけど。

劔:ちゅ!ちゅ!ちゅ!の子たちは今どうしてるんですか?

桃田:ゆうなちゃん(平祐奈)は今女優さんでCMや映画やドラマに出ていて活躍しています。映画の舞台挨拶を見に行くといまだに手を振ってくれるので嬉しいです。僕の推しは別の子だったんですけど(吉川日菜子)、その子はいま芸能活動していないので普通に高校生活を送っているのかな。なつみちゃん(岡本夏美)もGTOに出てたり、セブンティーンモデルをやってたり活動の幅を広げてますね。前のように会えなくなっても、活躍している姿を見せてくれているのは嬉しいです。

劔:おはガールがなくなって、2014年度からはどうしていくわけですか?

桃田:半年くらい何も現場に行けなくて超在宅でした。そのくらい濃い体験をしてしまったというか、あまりにも楽しい時間だったのでそのあとがなくなっちゃったんですよね。無理にどこか行きたくもないし。3月いっぱいでおはガールが終わった時、「もう他界します」ってみんなで飲み会とかを開いて、盛大に他界宣言したので簡単に戻りづらくて(笑)。なしくずし的に気になるグループは見に行き始めたんですが、そこまで推せるものがなかなかなかったんですよね。

劔:家で調べていて気になっていってみようかなって感じで? まぁでもそこまではまるわけでもなく。

桃田:そうですね。で、2014年末がくるわけです。

劔:2014年末……わりと長いですよね4月から。

桃田:1年間くらいほぼ他界状態で、ちょっと見に行ったりとか、おはガールの子の舞台を見に行ったりしていたんですけど、基本的には目立った活動をせず、土日が空くと本当に暇でジムに行って飲みに行くくらいしかやることないなって。身体は健康ですけど、心踊るものがなくて本当つまらなかった。かといって無理やりどこかの現場に行っても仕方ないので、見つからないと無理だなと。

たぶん最初はアイドルがいなくなっても平気だったと思うんですよ。でももう抜けられなくなってる(笑)。

桃田:あれくらいの熱量をかたむけられるものがないんですよ。

劔:日常を非現実にしてしまったもんだから、もう戻れなくなってしまったと。

桃田:笑顔がなくなっていきましたね。あんなに笑顔になることってないですから。

劔:それこそももクロとかおはガールを一緒に応援してきた友人とかもいるわけじゃないですか、その人たちとのやりとりはどうだったんですか?

桃田:日常から会っている人は普通に会うし、あと現場でしか会わなかった人はTwitterでなんとなくみているけど会わないし、まぁ舞台挨拶とかそういうのがあるとたまに集まれるので、本当に同窓会みたいですよ。みんなで「今どこいってんの?」みたいな話をしながら呑んで。仲良かった人にもあんまり会う機会がなくなるのも寂しいですよね。

劔:それでも無理にどこかの現場に行くものではないと思うんです。そこが不幸なところというか。人によってはどんどん推しが変わっていく人とかいるじゃないですか。

桃田:一度にいろんな現場に行く人もいるし、それは良いと思うんですけど、僕は1個に深くいきたいので。

劔:確かにそのおかげでおはガールとも心の触れ合いができたわけですしね。

桃田:あと可愛くて年齢が中学生くらいじゃないといきたくないっていう。高校生くらいから推しはじめてもあんまり盛り上がらないっていうか。

劔:その成長過程を見守る楽しさも味わってしまったから(笑)。

桃田:だからそもそもいける現場が少ないんですね。

それは良くも悪くも経験してしまった人の業ですよね。

劔:その空白の1年のことってけっこう覚えていますか?

桃田:思い出はないですね。何してたんだろう。ヲタ仲間と写真見ながら「あのときはよかったね」って話してたり、思い出の中に生きてましたよ。

劔:僕の友人で、ハロプロの話しかしなかった人に「ハロプロなくなったらどうすんの?」って聞いたら「ハロプロの思い出を話せばいい」って言われたことがあって、それを思い出すなあ。

桃田:本当そうですよね。

劔:その人はハロプロがなくなるどころか全然前に別のところに行っちゃったんですけど。別のとこっていうかクイズにはまっちゃって。ハロー!が好きで、ハロプロとったら何も残らないとまで言われた人だったんですけど、すっかりアイドルに興味がなくなってクイズ王みたいになっちゃって。それについてその当時の友人と話してたんですけど、昔ハロプロっていうのは接触もあまりなかったじゃないですか。ハロプロを盛り上げるために関西で頑張っていたけど、メンバーに会えるわけでもなし、誰に認めてもらえるわけでもなしで、モチベーションを保つのは難しい状況だったのかなって。クイズを好きになったら、クイズ界で有名な人にすぐに会えたりしてしまったりしたみたいなので、さらにやる気が出て。それは大きな違いだったんじゃないかなという話をしましたね。その人の考える目標とかスタンスの違いはあるとは思うんですけど。桃田さんは人間関係を構築するほうにチャレンジしてますよね。

桃田:ただ一定の距離は保つというか。あくまでファンと演者という関係でどこまでいけるかの挑戦かなっていう感じはしますね。

劔:で、2015年になってきますけど、2015年はどんな感じの……まぁ結論から言うとカントリー・ガールズに出会ったわけですよね。それはどういう感じだったんですか?

桃田:正直ハロー!ってぜんぜん知らなくて。でも色んなアイドルオタの人とTwitterでつながってるからなんとなく情報がまわってくるんですよ。で、たまたま見た動画に心を打ち抜かれたんです。